最近はどこに行っても人手不足の話を聞きます。
多いときには、一日3-4回も経営者やマネージャーの知り合いから「こういう条件の人いない?」と訊かれることもあるぐらいです。
私はIT業界にいますが、エンジニアやデザイナーなどの技術が求められる専門職が不足しているのはもちろん、最近特に強く感じるのは「仕事(案件)をしっかり回せる人」、つまりディレクターやプロジェクトマネージャーのようなポジションの人が足りないということです。
仕事をちゃんと回せる人がいないので、何とか人手を増やして対応しようと考える組織も多いようです。
しかし、例えば将棋をイメージしていただければわかると思いますが、いかに多くの強い駒(優れた技術者)を持っていても、指し手(ディレクターやプロジェクトマネージャー)が不在だったり技術的に未熟だと、勝負に勝つのは極めて困難です。
逆に言うと、棋士が強ければ飛車角落ちでも勝てます。
人手はお金に頼れば外注業者やオフショアなどでどうにか埋めることもできますが、仕事の全体管理は中々そうもいかないので、このあたりについては「お手上げ」状態になっている企業も多いようです。
「いくらお金をかけて募集しても応募すら来ない」という状況もよく聞きます。日本は少子高齢化社会なので、これから人が減ることはあっても増えることはありません。
もちろん仕事をちゃんと回せる人は世の中にいるのですが、ほとんどの人は「エース」として企業の中核事業を担っているので、ホールドされてそもそも人材市場に出回らないのです。
なぜ「仕事をちゃんと回せる人」は市場にいないのか
そもそも、仕事をちゃんと回すということは「時間や予算の制約がある中でビジネス上の目的に向かって人と人を調整して進める」ということです。
生身の人間はそう簡単に思った通りには動いてくれませんので、これはかなりの精神労働です。
一方で、そうした人達がやっていることは自然言語を使ったコミュニケーションや、誰にでも理解できる分かりやすい資料を作ることだったりするので、その仕事の価値が分からない企業やマネージャーにはそういう人が居着きません。
プログラミングがちゃんとできないとソフトウェアが動かないのは誰にでもわかりますが、ディレクションやマネジメントがちゃんとできないことで仕事が回らない状況というのは理解しづらいのです。
また、優秀な人が高度な技術で仕事を回していると、大きな失敗は起きないので「できて当たり前」と思われたりもします。
こうしたディレクションやマネジメントの評価ができない組織では優秀な人が出て行って若い人が育たず、新しい人も入ってこないという悪循環に陥ってしまいます。
仕事をうまく回せる人がいなければ、高い付加価値を顧客に提供して利益を確保することは難しいでしょう。
日本は知的労働者の生産性や効率性が低いということはよく言われますが、それはこうしたディレクションやマネジメントに対する一般的な理解度の低さが根底にあるのでしょう。
どうすれば「仕事をちゃんと回せる人」を増やせるか
今の労働市場は超売り手市場な上に、仕事を回せる人は中々市場には出てきません。
となると、組織でしっかり評価軸を持って育てていくしかありません。
しかし、ディレクターやプロジェクトマネージャーを育てるにはかなり素質があっても最短で3年ほど、通常は5年程度はかかります。人の素質や組織の育成方法、仕事の環境によっては10年以上かかることもあります。昔ながらの2-3年ごとの人事異動で現場が変わってしまう組織ではこうした人を育てることは極めて困難でしょう。
また、上でご説明した通りかなりの精神労働なので、育成途中で心が折れてしまったり他の企業に転職してしまうことも少なくありません。
仮に新人を10人育てるとして、2-3人が一人前になれば、かなりいいほうだと言えるでしょう。
なぜこんなに時間がかかるかというと、一言で「仕事をちゃんと回す」と言っても、仕事の内容にかなり多様性があるため、「こうすれば上手く行く」という方法論を身につけるのは多くの経験とそれを吸収するための時間がかかることなのです。
しかし、私が14年間プロジェクトマネージャーをやる中で、周りの事例から「これだけはやってはいけない」というアンチ(失敗)パターンがあることを見出すことができました。このアンチパターンを回避するだけでも、案件の失敗率を大幅に下げることができるのです。
今回はそのアンチバターンをズバッと披露しましょう。
これだけはやってはいけない、ディレクションとマネジメントのアンチパターン
未だに縦割り組織で決まりごと中心の仕事の進め方が一般的な日本社会では、教育ではもちろん、社会に出てからも適切なディレクション(指示出し)やマネジメントを学ぶ機会がほとんどありません。
幸運な人は優秀な上司や先輩から学ぶこともできますが、それは完全に運の世界です。教えてくれる人がいない場合は、自分で学んでいく必要があります。
もしこの記事をそうした人が読んでいたら、ここで紹介するアンチ(失敗)パターンに自分が当てはまっていないか、自分でチェックしてみてください。
もし当てはまるところがあったら、明日から行動や考え方を変えてみましょう。きっとすぐに仲間の反応や仕事の流れが変わります。
アンチパターン1:権力を使って人を動かそうとする
仕事を回す時に一番やってはいけないのは、「自分の立場を利用して他人をコントロールしようとすること」です。
プロジェクト的な働き方が増えている現在でも、これをやってしまう人はとても多いです。一番やってはいけないのに、一番よく見かけるのがこのパターンです。
例えば、「自分は部長だから偉い」、「自分は仕事の発注者だから偉い」、「自分はディレクターだから偉い」、「自分はプロジェクトマネージャーだから偉い」と勘違いしている人はプロジェクト成功率が極めて低くなります。
普通に考えてみればわかりますが、仮に自分がそういう人の下で働いていたとして、心から進んで協力しようと思うでしょうか? 実力を出し切って頑張ろうと思うでしょうか?
これは誰でもわかるシンプルなことですが、いざ自分が仕事を回すポジションに就くと、責任感と不安から権力で他人を動かそうとする人はとても多いのです。
日本人はおとなしい人が多いので、権力を使っても表面上は協力しているように見えるかもしれませんが、権力を使うと人は言われたことしかやらなくなります。そして、心の中では「早く離れたい」と思っていることがほとんどで、いざという時に誰も協力してくれなくなるでしょう。
特に今のように売り手市場の世の中では、すぐに条件が良いところを見つけて転職してしまいます。
ディレクターやプロジェクトマネージャーがやるべきなのは、「全体の状況を把握して物事を判断し、それをメンバーに伝えて対策を打つこと」であって、それは他の仕事と同じ、通常の職務なのです。
私は何十人も優秀なディレクターやプロジェクトマネージャーを見てきましたが、謙虚で礼儀正しい人ばかりでした。個性が強い人は多いですが(笑)。
・アンチパターン2:「今の状況」と「あるべき状況」の差分がわかっていない
ディレクターやプロジェクトマネージャーが実際にメンバーに指示を出す際には、作業やひとまとまりの仕事を誰かにアサインして実行してもらう必要がありますが、そこの指示が雑でうまくいかないケースもよくあります。
いわゆる「丸投げ」ですが、これでプロジェクト全体がうまくいかなくなることも非常に多いです。
仕事は一般的に「今の状況」と「あるべき状況」の差分を埋めることだと言い換えることができますが、仕事を割り振る立場の人がそのことを理解していないのです。
上の図はそのことをイメージ化したものですが、例えば「ソフトウェアの機能Aを作る」といった開発であったり、「業務フローをまとめた資料を作る」といった事務作業でも、それぞれ「ソフトウェアのユーザが○○という作業ができない」という現状や、「業務の現状が理解できていない」という状況を「あるべき姿」に変化させるための仕事ということができます。
ディレクターやプロジェクトマネージャーなどの仕事の指示を出す側が「今の状況」や「あるべき状況」を正確に理解していないと、その差分を埋める仕事がどれだけ大変なものなのか理解できず、プロジェクト全体の見積りを失敗したり、割り振った相手を潰してしまったり、成果の評価を適切にできなかったりします。
手戻りや指示の変更が多くてメンバーを振り回してしまう人は要注意です。
まずは腰を据えて、「今の状況」の把握や「あるべき状況」の見極めを行うことに時間と精神力を使いましょう。
・アンチパターン3:根拠の無い〆切や制約を担当者に押し付けている
仕事が「今の状況」と「あるべき状況」の差分を埋めることだとすると、その作業には当然必要なリソースとして専門技術や時間、費用がかかります。
これ以外の外部条件を足していくと、仕事の成果はどんどん品質を保てなくなってしまいます。
例えば急いでやったとしても5日かかる仕事を「客に “今日中にやる” って言っちゃったから1日でやって」とか、「予算は必要な分の三割しかないけどその中でやって」みたいな話があると、マトモな成果物は上がってきません。
これは結局、顧客との約束を破ることになりますし、突貫工事によって後々トラブルが発生したりすると、関係者にとって大きな不利益になります。
無理なスケジュールや予算で進行した結果、ケチった時間や費用の何倍もトラブルの対応に費やした、というような話は本当によく聞きます。
アンチパターン2で説明した通り、仕事を回す立場の人は「今の状況」と「あるべき状況」の差分を正確に把握しておく必要がありますが、そこを理解していないとこうしたことが起こりがちです。
特に、逆線表などで見積りに基づかない根拠の無いスケジュールを作ってしまう人は要注意です。
計画は担当者に作業見積りを確認して、それを組み立てて現実的なものにすることでプロジェクト全体の成功率を高めるようにしましょう。
・アンチパターン4:自分の仕事が遅いくせに他人の〆切はせっつく
これは一番嫌われるパターンかもしれません(笑)。いや、笑い事ではないのですが。
特にプロジェクトなどでは「この資料がないとできない」とか「ここを決めてもらわないと作業に取りかかれない」といった、他の人の仕事とつながっている作業というのが頻繁に発生します。
物事の方針などを決めるのはビジネス層のマネージャークラスであることが多いと思いますが、そうした人達が物事を決められずにスケジュールが遅延しているのに全体の〆切は伸びない、というケースはよくあります。
自分は忙しさなどを理由にボールを持ったままにして時間を浪費しておいて、自分の手から離れた途端にプロジェクト全体の〆切ばかり気にしてメンバーをせっつくようになると、途端に愛想を尽かされます。
理由があって物事が決められない場合、後に続く仕事の〆切やプロジェクト全体のスケジュールに影響するということを理解して関係者の認識を調整するようにしましょう。それが仕事を回す立場の人の責任です。
・アンチパターン5:良くないことを人のせいにする
これも未熟なリーダーが陥りがちな罠です。プロジェクトはベルトコンベアーの流れ作業のように仕事の進め方がカッチリと決まっているわけではないので、常に不確定要素があります。
プロジェクトの前提がひっくり返ることもありますし、システムやインフラに誰も予測していなかった不具合が発生することもあります。重要な関係者が退職してしまったり、病気になってしまうことなどもあるでしょう。
誰も悪くなくても、プロジェクトにとってマイナスの影響を与える出来事というのは発生してしまうものなのです。
また当然、誰かがサボったりミスをしたりしてマイナスの影響が発生してしまうこともあります。
こうしたとき、仕事を回す立場の人が公然と人のせいにしてしまうと、プロジェクトはうまくいかなくなります。
例えば、プロジェクトから離脱したメンバーに責任を被せようとするリーダーは多いですが、そうした悪口を聞いたメンバーは「自分もどこかで悪口を言われるかもしれない」と思うようになります。そう思うようになると、誰もリスクを取って高度な仕事をやらなくなります。引き受けるだけ損なので、忙しいふりをしてやりすごそうとするでしょう。
ディレクターやプロジェクトマネージャーはとかくストレスの溜まる仕事ですが、それは運動で発散したり、飲み屋で部外者に笑い話としてグチって終わりにするのが良いでしょう(笑)。
また、「全ての責任は自分のせいだ」と思っているとストレスで身体を壊してしまうので、「プロジェクトで発生する出来事の半分は自分に責任がある」ぐらいのスタンスがちょうどいいと思います。
さて、よく見かける致命的なアンチパターンを5つご紹介しましたが、いかがでしょうか。自分が当てはまってなくても、身の回りに思い当たる人はいるのではないでしょうか(笑)。
ただ、上でもお話した通り、これらのアンチパターンは心理的には誰でもなりやすく、またそれを回避するためのノウハウを社会的に学ぶ機会が少ないために起こることなので、少しずつでも自分や身の回りから変えていくことが大事です。
「類は友を呼ぶ」という言葉があるように、自分自身が適切な姿勢を持っておくことが、うまく仕事を回せる人と気持ち良く一緒に仕事をするための一番の近道でもあるのです。